2009年7月10日金曜日

1. コーイチロー、保健室で戦争ゲームの話

■あらすじ
 高校二年生のコーイチローは、身体に人工心臓を埋め込んで、外部のコンピュータで制御されるという障害を抱えていた。ある日の体育の時間、保健室でぼんやりしている、コーイチローにコンピュータの疑似人格のクアリスが最近の生活について苦言を言う。それを、黙って聞くのが嫌なコーイチローと、少し言い合いになる。(原稿用紙約25枚)
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 コーイチローにとっては、学校生活というのはいつまで経ってもなじむことのできない、奇妙な違和感が続くようなものだった。その違和感が、なぜ続いているのかは今ひとつ自分自身でも理解できないところがあった。コーイチロー自身は、その原因の一つが自分の身体に埋め込まれている人工心臓のせいであろうと思っていた。一二歳の時に交通事故にあい、大手術の末に、当時最新の技術であった人工心臓が体の中に取り付けられた。細かな制御には、人間の脳の計算能力を超え始めていたコンピュータ<ビヨンドシステム>を使うことで始めて制御できるというものだった。
 コーイチローの身体は常に外部の<ビヨンド>により制御の目的で監視されている。体の中には、人工心臓の他に体内の情報をリアルタイムに確認できる<ナノボット>が血流の中で動いている。これはナノテクノロジーの最新の技術で、リアルタイムに血中の物質濃度を調べることができ、外部に無線でその情報を伝えることができるというものだった。
 数十ミクロン単位の<ナノボット>は、体の中に常に一〇〇〇あまり血流に乗って流れている。ただ、一〇日もすると、老廃物として外部に分解されて出されてしまうので、一週間に一度、病院に行ってコーイチローは<ナノボット>注射を受けなければならなかった。
 しかし、<ナノボット>から得られる情報があるからこそ、正確にコーイチローの身体の状況をビヨンドはモニターすることができ、人工心臓を安全にコントロールすることができる。
 ただ、コーイチローは思春期を迎えたときには、常に自分が外部から監視をされているという気分を味わうようになっていた。自分の身体が自分のものでありながら、どこか自分のものではない。そういう気分がずっと続いている。
 代償として、コーイチローは世間よりいち早く、<ミューズシステム>というビヨンドという高度な計算能力を持った人間に理解しやすい、つまり、疑似人格を持ったユーザーインターフェイスの実証実験に加えられることになった。「クアリス」という名称を持った、老年男性の執事風のアバターが登場したときには驚いたが、会話ができるようになると、逆に彼はコーイチローの身体の状況については、コーイチロー自身よりも正確に理解しているという変な状況に直面することになった。
 クアリスは、人工心臓に負担がかかるようなことを嫌い、そうした活動をコーイチローがしようとすると反対することが多い。コーイチローは自分自身の身体は、ますます自分のためにあるのではないような疑問を感じてしまう。
 自分のなかに、常に他人が入り込んでいる。そういう違和感が、高校生活を始めても変わらず、何となく誰とも深くうち解けることができないまま生活をしているように感じられていた。自分の活動はすべて筒抜けであり、親しくなった友だちの私生活はすべてクアリスに調べ上げられてしまうのではという疑念が湧いたからだ。ただ、それでも、困らなかった。リアルのことに関わらず、ネットに出て行けばいいだけの話だったからだ。

 今日、コーイチローは、保健室のベッドに横になっていた。
 外は、今日も梅雨空。ただ、雨は降らず、曇天が続いている。
 別に、コーイチローは体の調子が悪いわけではない。体育の時間だからだ。コーイチローは人工心臓を付けているために激しい運動をすることができない。筋肉が落ちないように緩やかなストレッチを定期的に行うことは義務化されていたが、跳んだり走ったりするようなことは行うことはできなかった。授業を見学することも多いのだが、夏になって暑くなると、体が変調を起こしやすい。そのため、学校側の特別な配慮で、夏頃には、体育の時間は保健室で横になっていることが認められていた。
 保健室にはベッドが二つ。隣には、どこかのクラスの女子生徒が横になっているようだったが、カーテンで仕切られていたので様子をうかがうことは出来ない。
 コーイチローはぼんやりと天井を見つめている。ただ、本当にぼんやりとしているのではなくて、コンタクトスクリーンに表示されている自分の体調の様子を眺めている。コンタクトスクリーンは、現実の世界のなかに、パソコンのモニターのようなウィンドウを表示することができる。空中の特定の場所にテレビ画面ががあるように扱うことができるのだ。そして、コンピュータと同じように操作することができる。そのため、コーイチローはインターネットに接続すれば、場所を選ばずして、ネット接続をすることができる。
 ただし、基本的には学校の授業時間中にインターネットに接続することは、禁止されていた。なので、今インターネットにつないでいるわけではない。外部に接続しなくても、身体のデータを表示するといったことはできる。
 コーイチローが見ていたのは、自分の脈拍のデータだった。リアルタイムでナノボットが計測してくるデータが表示されていた。下が六十四で、上が九十二と正常値を示していた。刻々と数値は細かく変化していくが、それを眺めていて、それほど楽しいというものでもない。ただ、何となく生きているということを妙に実感させる効果があった。

 そこに、クアリスがのぞき込むような格好でぬっと現れて、視線を覆った。クアリスは落ち着いた顔で、言った。
「退屈そうですね……」
「そりゃ、まあ見たとおりだよ。自分の血圧を見てるぐらいしかできないからね……君がネットに繋げたり、クライアントアプリを使うことを許してくれるなら事情は違うんだけどね……」
「……ご存じのように、学校内の規則で禁止されていますよね。この学校を制御しているサーバとのレギュレーションで、学校の授業中は非常時をのぞいて……」
「うん、長々と説明しなくても、わかってるって……別に文句を言いたいわけではないよ。ただ、することがなくてね……」
 校庭から、雑音にも似たような学生たちの歓声のような音が届いてくる。今日の授業が、何をやっているのかはコーイチローも知らない。球技でもやっているのだろうかと思う。コーイチローはごろりと寝返りをうった。梅雨時らしい身体にまとわりつくような湿気がシーツについて少し気持ちが悪かった。
「それで、何かあったの? わざわざ、こんな授業中に出てくるなんて。おおかた、僕が暇そうにしてるから、話してみて様子の確認でもしようとしたってところかな」
「……確かに、データとしてのマスターは、リアルタイムで観察させて頂いていますからね。血圧も正常値。脳波も正常値。リラックスされているから、あまり複雑な動きはされていないですよね。ただ、話してみないことにはわからないこともありまして」
「昨日、怒ったのは悪かったと思う」
 と、コーイチローは目線をはずして、視界からクアリスを見えないようにした。
 クアリスはどうせコンピュータグラフィック映像なために、見えようが見えまいが、クアリスの判断には、本当は関係ない。コンタクトモニターの座標から、コーイチローの眼球が向いている位置を計算して、クアリスのアバターの方向がどこに向いているかどうかという計算はしているにしても。わざわざアバター姿で現れるのは、多分に心理効果で影響を与えるためにをしていることは、コーイチローもわかっている。
「途中で、話を区切ったのはね。もちろん、僕の身体のことを考えれば、君が言っていることの方が正しいのはわかるんだけど、昨日はちょっとイラッと来たんだ」
「はい、その後、私が話を続けるのをお許しにならなかったので、私も少々面くらいました。私にも立場というものがありまして」
 ふっと、コーイチローは少しため息気味の息を漏らした。
「ただ、別段、何かの迷惑がかかっているわけではないだろう。クアリスは、何かと文句を言いすぎる。僕にだってやってみたいことがある。それを尊重してくれないと」
「ええ、ただ、最近のマスターはゲームにのめり込みすぎです。確かに、今熱中されているゲーム『トレビアンⅩ』には一定の教育効果があることは認めます。ただ、あまりに熱中しすぎなのにはどうかと思うんですよ。昼も夜も、ゲームのことばかり考えられていませんか? あまり健康的とは言えないと思うのですよ」
「しょうがないじゃないか、今、僕が所属している同盟はやっと三十人規模になってきていて、僕が育てている村も三つにまで成長してきた。軍隊だって、一度に千を超えるような大規模なものにまで、成長してきたんだから。ランキングが上がっていくのは楽しいぜ」
「思考ゲームとしてのおもしろさは認めます。今、マスターが隣のプレイヤーと争っているオアシスを占領できるかどうかが、マスターが所属している同盟にとっては生命線になっていますよね。続々と軍隊が集結している姿に興奮されているのは、血圧を見ていればわかりすぎるぐらいわかります」
 コーイチローは、むすっとした顔になった。慣れているとはいえ、やっぱりこうして自分が監視されているという事実を突きつけられると気持ちがいいものではない。
「マスターは、今だって、そのゲームのことを考えていたのでしょう。二十四時間のリアルな時間でゲームは進行するから、自分の村が攻められてないかどうか気になってしかたないんでしょう」
「……知ってるなら教えてくれよ……」
「はぁ、これだ……」
 と、クアリスはお手上げといわんばかりに、手を広げてみせる。
「こっちは高校生で、社会人の連中にしてもそうだけど、どうしても昼間は学校に行ったり、会社に行ったりするから隙ができてしまう。有利なのは、家に引きこもっている連中やら、仕事しながらでもネットにつないで仕事さぼっている連中なんだよね。昨日の深夜の状況は知ってるだろ。合同で軍事演習をしておかないと、同盟で戦闘を行っても足並みがどうしても揃わない。僕の村の虎の子の騎馬兵軍団を有効に利用して、足についての技術力を上げておきたかったんだよ」
「ええ、それで演習中に、敵対する連中に不意をつかれたと……」
「うん、明らかにあれは裏切りだった。誰かが手引きしたんだよ。扇形に同盟の軍隊が展開することに見事にできているときに、後方から突然敵が現れたりはしないよ。通常は一万を超えた部隊は、平原に展開して会戦になるものだからね。オアシスの南側は山岳地帯で、誰かの領地を通過させることを認めなければ、そんな裏から攻めこむことはできないからね」
「敵はそれほど多くはなかったから、幸い撃退できたと……」
「うん、同盟の指揮権をまとめているのが、タクワンという人なんだけど、あまり動揺しなかったのは見事だったと思う。僕の騎馬部隊も撃退には一役買えたしね。経験値稼ぎにはなってる」
 と、コーイチローが興奮気味に話しているのを、クアリスは困ったような顔になる。
「ただ、その会戦の訓練がはじまったのが十時頃だったのはよかったのですが、攻め込まれたのが十二時近くで、混乱から何とか立て直すのに二時間近くかかってましたよね。さすがに、私としてはお休みくださいといわざる得ないんですよ。マスターが寝不足になりますと、即、それは血圧の上昇に結びついてしまいます。だから、今日ちょっと朝は具合がよくなかったではないですか」
「だから、こうして、横になってるだろ……。体を休めれば、まあ、どうにかなるものじゃないの? 身体のデータ的に変なものが出ているわけでもないんだし」
「それはそうなんですけどね。ただ……」
「ただ?」
「いいえ、やっぱり言うのはやめておきます……。私としてはマスターに体調を落ち着かせて一定の範囲内に収めるように努力をして頂きたいだけなんです」
「何か引っかかるなあ……」
 と、ベッドから起き上がって、コーイチローは思案顔になった。
「あ、もしかして、誰が裏切ったのか、わかったということじゃないのか? 朝起きてすぐに同盟専用の隠し掲示板をチェックしたけど、誰が山岳地帯に進入する手引きを行ったのかがわからなくて、言い合いになっていたよね。でも、同盟のなかに裏切りものは確実にいるわけで、早くそれを見つけ出さないと全体が危険なのは、君だってよく知ってるよね」
 コーイチローのひらめきに少しばかり、クアリスは迷惑そうな顔をした。
「……はぁ、まあその通りなんですが……。人間が遊んでいるゲームに、我々のようなミューズシステムが関わるのは不公平だと思うのですよ。ゲーム上では、そういう規約になってますよね」
「ただ、こうした会話が記録に残るわけでもないので、勝ちたいヤツは、そういう手段も当然使っているよね……」
「それでも、ミューズシステムの利用者は世界的に見て、それほど莫大ではない以上、マスターは、もし使うと、かなりの優位性を持ってしまいますよね」
「細かいことはいいから、何が起きたのかを端的に教えてほしいなあ。どのみち、君は常にネットのビヨンドサーバの中にいるわけだから、僕に関係する情報は全部チェックしているんだろう……」
 クアリスは、さらに困ったような顔をした。少し眉間に皺が寄っているようだった。
「……今夜には、同盟は大敗北を喫します。多分、マスターが派遣している騎馬部隊も壊滅的な被害を受けることになるかと……」
「えっ!」
「しかも、その仕掛けをしているのは、そのタクワンさんという方ですね。……なので、そろそろ、ゲームから足を洗って頂きたいのですよ。先に予告してしまえば、無駄にやる気が湧くということもなくなると思うので、適切じゃないかと思ったので、告白しました」

 クアリスの説明では、タクワン氏は、すでに裏切っていると考えられるという。昨日の攻撃は、同盟の部隊にとって大きな影響を与える攻撃ではない。最大の目的は、会戦時に自分の部隊が撤退するルートを確保するためであった可能性が高い。誰もが、裏切った犯人がわからない以上、同盟のリーダーであるタクワン氏がそこを守ることに反対するとは思えないからだ。
 今回の会戦でも、扇形の左翼につながるルートで、タクワン氏の主力部隊が展開しているところに敵が出ている。つまり、タクワン氏は、敵の登場を事前にわかっており、示し合わせて撃退した可能性が高いというものだった。

 コーイチローは少しばかり興が冷める気分になった。
「なんだか、嫌な話だなあ……でも、どうしてそんな話をわざわざ僕に話すわけ? それを聞いた以上は、逆に、学校から帰って、味方のみんなにふれ回って対抗策を打つようになる可能性の方が高いんじゃないかな。ミューズシステムは、そもそもは、人間の思考を確率的に予測して、人間の行動を誘導してしまうシステムだよね」
「ええ……」
「とすると、事前に情報を話した場合、僕がやめてしまわないで、むしろ、逆効果で熱中度を上げてしまう可能性がありうることは、当然予測が付いたはずだよね。だけど、それでもやめてしまう可能性が高いと予測できたからこそ、あえてこうして話しているということだよね」
 クアリスは相変わらず困ったような表情をしている。ただ、目がちょっと笑ってない。まあ、コンピュータグラフィックなので、どんな顔を描くことだって実際はできてしまうわけで、それが本来の表情として受け取るのは難しい。
「……もう少し申し上げにくいことがあるのですが、それでも、申し上げますと、相手もミューズシステムを利用している可能性が高いのです。このゲームの中での、今の攻撃方法はミューズシステムを利用している場合の定石手と考えられるんですよ」

 クアリスによると、タクワン氏の今までのフォーラムでの発言や、部隊を動かすときの発言を見ていると、年齢的には、中学生ではないかと予想されるのだという。稚拙な発言をすることがあるなあと、内心コーイチローも思っていたのだが、だけど、決めなければいけないときにはびしっと決める。一方では、そういうリーダーシップを快く思っていた。
「なるほど、彼のリーダーシップ性は、君らミューズに依存していたと言うことなんだね。君らが手伝って的確なときに発言させるように導いて、それが他のメンバーにも予想通り効いていたというわけか」
「はい、彼の発言を私のフィルターで処理すると、パターン<橙>になります。これは、ミューズシステムだと考えて良い兆候なんですよ。あ、あと、一言付け加えますと、、『君ら』に私を含めないでくださいね。今まで、このゲームのズルをするための、お手伝いをしたことはないですよ。我々は確かに、ミューズシステムとして様々な情報をサーバ上で共有はしており、それらのデータを更新しあうことはしています。ただ、完全に共通にするように並列化をしているわけでないですよ。私は擬似的とはいえ、私の人格として、個性を持ってマスターにお仕えしているわけです」
「まあまあ、そんなに怒らないでくれよ。ただ、つまり、タクアン氏がズルをしているのが、逆を言えばゲームを運営しているゲーム会社の側にもばれてしまっているってことになるわけだね。となると、どのみちアカウントが停止される処分になる可能性が高いから、そうすると同盟は崩壊してしまうと言うことか……」
「はい、その可能性は高いですね。タクワン氏の発言を見ていると、同盟の皆さんへの発言の八割はこの一週間、ミューズによるものと思われるんですよ」
「うーん、じゃあ逆に、クアリスが手伝って、この状況をひっくり返したりすることは出来ないのかな。それだけ情報を持っているわけだから」
 それが…と、話を区切るように一言クアリスは間を置いた。
「我々ミューズの活動は、すべての活動がログ化されて、データベースに蓄積されていきます。人が理解するには、我々の活動は、速度が速すぎて個々の情報を分析するのは難しいですよね。そのために、我々ミューズを媒介にして、データベースも理解することになる」
「ビヨンドインターネットってヤツだね。開かれているデータベースだけど、人間の知性では、その膨大な量を処理して、中身を理解することが難しいビヨンドたちの活動によって形成される巨大なデータベース。メタ化されたインターネット。まあ、こうして僕は、君を通じて、それらの活動のことを聞けるわけだけど……」
「はい、そのシステムは日々進化を続けていくわけですが、このゲームに参加されている人のサポートを行っているミューズシステムの情報もどんどんと蓄積されていくわけです。基本的にミューズシステムのルールとして、誰のミューズであるのかという情報は公開されることはありませんが、行った行動自体の情報を隠蔽することは出来ません。そのため、ミューズの力を利用しながら、このゲームに勝とうとするユーザーの動向や傾向は、すぐに情報としてインデックスが作成されて整理されていくことになります」
「そして、そのデータベースのインデックスをゲーム会社のビヨンドサーバは参照するため、基本的にそれぞれのユーザーはズルをすることができないという訳だね」
「はい、その通りです。違反行為をやっている人は、発見が容易にできます。特に、人とミューズが共同して作業をする場合、同じような着目点に注目する場合が多いので、すぐにパターンが出てきやすいんですよ。だから、私はマスターにこういう話を伝えたと言うことも、その後の結果は、すぐにログに反映されてしまうので、統計データが出てくることになります」

 コーイチローは、クアリスが何を言いたいのかをちょっと頭の中で整理しようとした。このデータベースは、コーイチローの人工心臓を適切に動作させるためにも使われている。そのため、人工心臓を使う人が増え、その人が使い続けるにつれて、様々なパターンが集まるために、ソフトウェアの性能が上がっていくので、より使いやすいハードウェアに変わっていく。実際、コーイチローが使い始めた十二歳の頃よりも、同じ人工心臓を使っているけど、ソフトウェアのアップデートによって、性能ははるかに上がっている。
 ただ、同じことがゲームのズルをしている人の監視システムにも使われていると、クアリスは言いたいのだろう。
 そして、さらにいうならば、その種を明かしてしまうことで……。

「わかった。つまり、この話をミューズから聞いてしまった人が、ゲームを継続するかどうかについて、どう行動するのかはだいたい予想が付いてしまうと言いたいわけだね。十分にその結果の予測が付いたからこそ、話していると」
「……はい、どう転んでも、やめてしまう人が大半という結果になっています。なのでお伝えしています……申し訳ありません」
「タクワン氏が同盟を裏切るのがわかっているので、その活動を押さえようと走り回っても、結局、タクワン氏自身がいずれゲームシステムから違反が認定されてアカウントが排除されてしまうと……。逆に生き残れたとしても、同盟の中で最大の軍団を備えているタクワン氏は裏切って、どのみちいなくなるので、僕のいる同盟は相当弱体化するため、まわりの他の勢力の餌食になってしまう可能性が大きいと……」
「有り体に申し上げると、そういうことです」
「ついでに言うと、この裏切りというショックが起きる前に、先に将来像を全部見せてしまった方が、やる気を失う確率は飛躍的に高くなる……と予想できているということだよね……。帰宅して、裏切りに、今夜直面してしまう前よりも、先に伝えた方がよいと」
 クアリスは、幾分か申し訳なさそうな顔をしていた。コーイチローはこうしたときに自分の心が自分のものではなくなっているという現実を感じる。ただ、この顔だって、「ゲームをやめさせる」という目的のために、クアリスがワザと作っている表情である可能性はぬぐいきれない。

 コーイチローの心のなかに、何かもやもやとした、そして、鬱々とした感情へと結びついていく感覚が襲ってくるようだった。自分が自分でない感覚のするものへ。その感情さえも、クアリスは予見しているのだろうかと、コーイチローは考える。
 そのときに、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。議論の時間はお終いになったようだ。確かに、コーイチローの最新ゲームへの情熱に、ずいぶんと冷や水がかけられた気分になっていた。
 ベットから立ち上がって、隣のベットの様子をうかがったら、女生徒の姿はなかった。クアリスの声は、他の人には聞こえないので、ぶつぶつ言っているコーイチローの姿を不気味に感じたかもしれない。

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